浦子連の生い立ち

「浦子連の生い立ち     堀江進(二水会)

本文は浦子連の生い立ちに関心があり、2019近藤さんにお聞きし調べ、近藤幸子 、平田和江、 瀬間幸子、 柴崎妙子、 吉田優子さんに確認していただいた。今回の機会に見直した。

◆浦和という町
浦和は埼玉県の県庁所在地。スポーツではサッカーが盛んで、浦和レッズの観客動員数はリーグトップを維持している。

一方、文芸の世界では児童文学の創成期に大きく貢献した石井桃子と瀬田貞二がいる。石井桃子は現在の浦和区常盤町で生まれ、県立浦和第一女子高等学校を卒業。瀬田貞二は児童文学に専念するため、 1957年浦和に移り住み始め、1959年には瀬田文庫を始めた地でもある。

◆文庫の歴史  当会の母体となった文庫の歴史を、少し振り返って見てみる。

1952 村岡花子「道雄文庫ライブラリ」を大田区に開設これが日本初めての家庭文庫
1954
石井桃子が米留学、欧米視察
1954
土屋滋子「土屋児童文庫」を上北沢に開設同じく1956「入舟町土屋児童文庫」を入船に開設
1957
村岡、土屋、石井「家庭文庫研究会」発足
1958
石井桃子「かつら文庫」を荻窪に開設
1959
瀬田貞二「瀬田文庫」を浦和に開設
1960
年代に日本は高度成長期に入る
1960
埼玉県立図書館の新館が浦和にできる
1965
石井桃子『子どもの図書館』岩波書店発刊このかつら文庫の記録が刺激で文庫が急増
1967 
松岡享子「松の実文庫」中野区に開設
1967
日本子どもの本研究会発足 児童図書を研究しその普及向上をはかる
1969
文庫連絡会の結成  行政が動き調布市・長流文庫連絡会、市川子ども会文庫担当連絡者会ができる
1969
年の全国の247家庭文庫中、189文庫が1965 年以降に設立された。文庫づくりは神奈川県立図書館、横浜市立図書館、町田市立図書館、市川市立図書館などからの働きかけが大きかった


1970年代は60年代のひずみが現れ、
 子どもの自殺や、非行の低年齢化が進む一方、児童図書館の躍進の時代になる

1970.4親子読書地域文庫全国連絡会(親地連)が発会。家庭文庫、地域文庫、図書館、さらに、学校図書館に係わる人を繋ぐ活動を始めた。隔月誌「子どもと読書」を発刊し、隔年で「全国交流集会」を開催した。
  1970.3
県立図書館が県立浦和図書館に改称
  1971
 与野市・岩槻市に市立図書館開館
  1973.2
大宮市立図書館新館が高鼻町に開館
  1974.1
北浦和図書館開館(当時浦和市立図書館)

本田明(建築家 当時37歳)は浦和に住んでおり、開館と同時に妻・娘2人の全員の利用券をフルに利用し、常に20冊の本を借りていた。彼は1970年図書館問題研究会に入会しており、1974年に埼玉支部結成。その毎月の例会を開催するに従って、その存在は県内の図書館員に知られるようになっていた。

1974年瀬間幸子は、子の幼稚園で「子どもの文化について考えてみませんか?」というお母さんの呼びかけで20人ほどが集まる。子どもを取り巻く遊び、絵本、テレビ何でも話し合っていたが、何か一つに絞ろうと言うことになった。丁度、その年に北浦和図書館が開設され、沢山の絵本があるのに接し、絵本に絞り「子どもの本を読む会」を発足。地域に住む児童文学者の池田夏子氏を講師に迎え勉強会を開くと共に、幼稚園で本を購入してもらい文庫を開設、子ども達に本の貸し出しを始める。

 1977子どもの卒園を機に、勉強会の会場を常盤公民館に移す。ここでの活動が当時の公民館主事大友信男の目に留まり「文庫を創りませんか?」と言う話が持ち上がる。当時、北浦和の西口は商店街もまばらで、北浦和図書館に行くには踏切を渡り、自転車で浦和橋から迂回しての子どもを連れての移動は大変だった。常盤公民館にせめて児童書があればかなり楽になると思い賛同。

1980S55常盤公民館主催の文庫「ともだち文庫」を開設。多くの予算を立てて頂き全10回の児童文学講座を開催。一緒にやって頂く世話人も募集し大勢の世話人で発足。当時は子どもの数が大変多く、文庫も毎回30人ほどの子が集まり大賑わい。1階の文庫の部屋だけでは足りず、2階の和室を借りて遊びの場を確保した。

家庭文庫1959年の瀬田文庫たまご文庫で、他は地域の公民館などを中心とした地域文庫である。このように、浦和の文庫活動が広がるのは、全国的に文庫活動が高揚した時期より若干遅かった。
 1975.3後に会員・けやきこども文庫発足
 1976.7後に会員・みむろ文庫発足 谷口美智子
 1979.3後で会員・たまご文庫発足 新紺久仁子
1980.4後に会員・ともだち文庫発足 瀬間幸子 

その頃、大阪では

その頃、大阪で活発に活動していた二人がいた。平田和代近藤幸子である。その後、二人は当会の設立にかかわる。
 1976年平田は大阪府豊中市の「そよかぜ文庫」に入会し、おはなし勉強会「わらべ」にも入会。1978 年夫の転勤で浦和市へ移り、1979年家庭文庫「たまご文庫」に入会し活動していた。

1970年近藤は大阪から千葉県・柏市へ転居し、幼稚園の園文庫や、幼稚園で開かれた福音館の社員の講演会で、読んであげる大切さを植えつけられた。友人主宰の家庭文庫を手伝って帰宅すると、4人の子が食べ物のことで騒いでいるのが外から聞こえ、自宅で文庫を開こうと考えていた。

1975またも、大阪府・豊中市へ転勤・転居。その頃の大阪は子どもを支える市民活動が活発。豊中市「そよかぜ文庫」は600名のこどもが利用、本の貸し出しだけでなく、おはなし会、キャンプなど子ども対象に活動。近藤は会社の借り上げマンションの一室で「つくしんぼ文庫」を始める。そして、豊中子ども文庫連絡会5年在籍。代表を3年(1977-1979)務め、役所との交渉などに関わる。そこでのおはなし勉強会「わらべ」で、平田と出会っていた。

1980年近藤は夫の転勤で浦和市へ移転し家庭文庫つくしんぼ文庫を開く。また、図書館で他の文庫の所在を知る。ともだち文庫の瀬間幸子、たまご文庫の平田和代と出会い、図書館協議会で会員の本田明氏に出会う。その頃、瀬間は近藤を「宇宙人みたいな人」と思ったそうだ。

1981年、第5回子どもの文化を考える会(埼玉子ども連絡協議会主催)の児童文化分科会は、文庫活動を推進するテーマを掲げ、文庫や創作グループとの交流を図った。そこで、図書館協議会委員をしていた本田明は、他地域での文庫活動状況や、市立図書館の状況を助言者の立場で述べた。この時、参加者は連絡会結成の必要性を感じていた。

1980年全国の文庫 4406 カ所 文庫へ来る子ども低年齢化

1 子ども文庫数
出典:『子どもの豊かさを求めて 3-全国子ども文庫調査報告書』 (日本図書館協会)

 

1958

1970

1974

1980

1993

 

60

265

2064

4406

3872

埼玉県

 2

19

96

181

159

 

表2 最盛期 1980 年の子ども文庫ベスト5

地区

山梨

東京

大阪

神奈川

長崎

446

369

330

329

234

以降は 茨城230 千葉190 北海道184 埼玉181 東京の最盛期は 1974 487 文庫

表3 公共図書館

年次

1963

1966

1972

1975

1978

図書館数

756

791

859

1,048

1,199

浦子連は198247日発足

浦和子どもの本連絡会(以降、当会とする)は、1982311日に浦和市立図書館で設立準備会を開いた。参加者は20名であった。

【設立準備会参加者】本田明(浦和図書館協議会委員)池田夏子(児童文学者)、瀬田文庫、大東文庫、たまご文庫、つくしんぼ文庫、ともだち文庫、ひばり文庫、三室文庫、会田(埼大児文研)、図書館

1982 年4月7日に第一回の当会を開催しスタートし発足した。会員は浦和市にある10 団体だった。この初会合では、当会の目的として、いくつかの案が出たが次回へ持ち越した。6月10日の当会で下記が決まった

・目的:子どもに豊かな本の世界を手渡す
    ・名称:浦和子どもの本連絡会

名称は「浦和文庫の会」の案もあったが、文庫でない「図書館を愛する市民の会」(代表:本田明)もあったため、「子どもの本」とした。この名称にしたことが、会が継続できた一因かもしれない。このほか、年会費 1000 円、代表は近藤幸子、会計と書記に瀬間幸子を決めた。本田明はこの会の初年度の雑用係を引き受け、会の運動を軌道に乗せた。

機関紙「おたより」を発行した
・名称「浦和子どもの本連絡会だより」
・第1号はガリ版刷りだった     第1号 1982.5.17~第 370 2019.3.20

・毎月発行(ただし 8 月、1 月は休刊)

表4 19833月 10の文庫一覧

名称

発足日

世話

人数

利用者数

1日数)

利用日時

借入蔵書数

形態

市立

県立

おやこ

54

8

300(20-30

毎木2:00-5:00

30

 

 

 

ぐりとぐら

58.6.29

4

74(20)

毎水2:00-4:30

30

215

230

家庭

けやき

S不明

3

 80

毎火3:00-5:00

30

150

50

 

瀬田

59

3

   (60)

毎土1:00-5:00

0

0

0

家庭

すみれ

58.7.26

2

70(30-40)

1,3,51:30-3:00

50

120

0

 

たまご

54.3

10

130

隔週土2:00-4:30

30

166

50

家庭

つくしんぼ

58.9.16

4

 

隔週金2:00-4:30

5

30

0

家庭

ともだち

55.4

14

 

毎土1:30-3:00

325

280

0

公民館

三室

50.7

44

376(50-60)

毎土1:30-3:30

200

0

0

公民館

めだか

57.5.12

9

260

毎水

30

204

161

公民館

 

*** 左近司マサ江  **** 

19844月左近司マサ江は当会に入会し、おはなしを初めて聞き驚く。上野由紀子さんのおはなし会に参加した帰り道で「おばあちゃんからきかせてもらった話のほうがおもしろかったわよ」と口にした。「語れる?」と問われ「多分、語れると思う」と答えた。左近司は新潟の豪雪地帯の十日町市生まれで、幼い時、祖母の語りを沢山聞いて育ったのだった。当時始まっていた「おはなし勉強会」で「あやちゅうちゅう」を語り、皆、驚くとともに、自然な語り口に惚れ惚れ。次回も話すことになった。1988年千綿京子が「左近司さんの昔話を本にしたいわ」と左近司へ言った。1990年 『左近司マサ江のキンばっぱのとんと昔があったとぉ』(つくしんぼ企画)を出版した。この本の内容も魅力的で、ゆったりした語りで多くのファンがいたが、2017年に亡くなった。

 

*** 本田 明 ***

19866月本田は図書館と関わる市民グループは文庫当会だけでなく、もっとトータルな市民グループの存在が望ましいとの信念から「図書館を友とする浦和市民の会」と名づけた図書館の私設応援団を作り模索し始めた。この会は生活者の男性を中心にしていた。彼の発案で19881月「第一回利用者と図書館員のつどい埼玉集会」を準備中に、突然の交通事故で本田は亡くなった。1927624日生まれ61歳の時だった。自分の住む街の暮らしを大切にして、人が人らしく生きるのに手をさしのべることができる図書館の姿を、追い続けた彼から学んだ人は多かった。


設立時頃のメンバ 2008.10大井川鉄道

左から 千綿京子 左近司マサ江  小野操子  瀬間幸子  強谷恵子  平田和江   近藤幸子

◆浦和子どもの本連絡会の危機

1995学校図書館に初めて司書が配置された。
浦和の仲本・上木崎・土合・文蔵の4小学校と、常盤・三室の2中学校。

浦子連も発足から 10 年以上たち、参加文庫数も減り、当会へ参加できる方も減り始め、会員に危機感が漂っていた。 そのような時に公民館や図書館をベースとした地域文庫が生まれてきた。

1992年 吉田優子が入会、

1993年守永光代も平田和代のおはなし会で感動し入会した。

1995東浦和公民館の「にこにこ文庫」を吉田優子、平田潤子らが開設し入会。

               個人会員の浅香都子も入会している。
    1996谷田公民館が文庫ボランティア講座開催。
                   その結果、31人の世話役が集まり、のびのび文庫が開設した。

1997 田島公民館では、1996.4から「おはなしと工作の会」を開催し、毎回50人を越える子どもが集まっていた。さらに、子どもと絵本の出会いという呼びかけで守永光代ら本好きの世話人9人が「おひさま文庫」が開設した。その頃、個人会員・浅見雅代も入会した。
 1998 与野図書館「おはなしボランティア講座」で「おはなしの家」が発足。鷲見優子らが入会した。  
  南浦和公民館の一室で1984年地域文庫としてスタートしたピッピの会は、1997年に新メンバに引継ぎ、1998年に当会に入会した。 新しい会員は、自分たちの団体だけでなく、浦子連の活動にも、積極的に参加し、当会は持ち直した。

浦子連が続いてきたのはなぜ

名称は大事 

当会は文庫とは縁がない本田明氏がいたことから、最初から「文庫」を使わず「浦和子どもの本連絡会」して発足し、文庫だけではない間口を広げていたこと。

仲間と仲良く

公共図書館と対峙せずに、持ちつ持たれつの関係を維持している。

自前で学ぶ姿勢

おはなし、わらべうた、絵本、科学あそびの会などの勉強会を続けてきていること

④情報の共有

他所の会で学んできたことは、個人のものにしたままではなく、当会ではオープンにし会で共有するという姿勢を続けて来たこと。
⑤イベントを開催しオープンに
外の動きを知るために絶えず講演会などを開催。その会は新メンバーを勧誘する場にもなっている。

 

◆参考文献

・『児童図書館のあゆみ』児童図書館研究会編 

・『年報こども図書館1969年版』児童図書館研究会編 

・『年報こども図書館1975年版』児童図書館研究会編 

『ストーリーテリング』野村純一・佐藤涼子・江森隆子編

『ひなぎくの会記録』つくしんぼ企画発行

『子どもの豊かさを求めて 3-全国子ども文庫調査報告書』(日本図書館協会)

『わたしの図書館を手に入れるには ~第1回利用者と図書館員のつどい埼玉集会の記録~』

発行:第1回利用者と図書館員のつどい埼玉集会実行委員会 1989より 

「本田あきらさんのこと 図書館のあるくらし…浦和に生きて 近藤幸子」

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